神田神保町街歩き。半分無料公開中!

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神田神保町街歩き


まえがき

神保町という街のことを、一度は聞いたことがあるでしょう。
「本屋さんがたくさんあるところ」というのがおおかたのイメージだと思います。
確かにそのとおりです。神保町はたくさんの本屋さんが軒を連ねる、世界一の本の街です。
本書は、神保町を知っている人にはその魅力の再確認となり、知らない人にはその多彩な魅力を紹介しようとするものです。
神保町はどこにあるのかに始まり、そこへの行きかた、歴史、どんなお店があるのか、見どころはどこなのかを、いろいろな角度からお伝えします。
そして、なぜ神保町という街はここまで多くの人を惹きつけるようになったのかを、考察します。
神保町には100年以上の歴史があります。ただ書店が多く集まっているというだけでは、これほど長く人気を保てるはずはありません。
ここに書いた各章をお読みいただき、あらましを知ってから実際に行けば、なるほどとうなずくこともあり、それぞれの新たな発見もあるでしょう。
「本の街」神保町は、「人の街」であり、「歴史の街」でもあるのです。
本書をきっかけにして、一人でも多くの方が神保町に足を運び、この街を好きになって下さるなら、これにまさる喜びはありません。


目次

日本のカルチェ・ラタン
「本の街」神保町
神保町ってどこにある?
神保町の歴史
神保町へのアクセス その1
神保町へのアクセス その2
本と街の案内所
ネットに見る神保町
新刊書店と古書店
新刊書店の面白さ
古書店はこわくない?
どんな本でも、オンリー・ワン
路地から見える景色
本を抱えて、お茶でひと息
神保町はおいしい?
書店やグルメだけじゃない、神保町の楽しみかた
年に一度の祭典、神田古本まつり
変わりゆく神保町、変わらない神保町
神保町へ行ってみよう
日本のカルチェ・ラタン


神保町という街を、ご存じでしょうか?

正式には、神田神保町。東京都の千代田区にある街です。
神保町を含めたあたり一帯は、その周辺の御茶ノ水、神田駿河台や神田小川町、三崎町、猿楽町に一ツ橋、そして湯島や本郷などの近隣エリアと合わせて、いつのころからか、「日本のカルチェ・ラタン」などと呼ばれるようになりました。
カルチェ・ラタンとは、フランスはパリ市内のセーヌ左岸地区一帯を指す言葉で、「ラテン語地区」を意味します。
このあたりにはパリ大学や各種の専門学校、研究機関などが多く存在しています。
ヨーロッパでは古来、学問をめざす人たち共通の教養としてラテン語が教えられていたことから、セーヌ左岸をカルチェ・ラタンと呼ぶようになったそうです。
神保町近辺にも、専修大学、日本大学、明治大学、共立女子大学があり、他にも多くの専門学校や予備校が存在しています。
神保町から北側に行って神田川を越え、文京区に入ると順天堂大学や東京医科歯科大学、東京大学などがあり、神田川沿いを走るJRの中央本線に乗れば、窓の外に法政大学や中央大学の校舎が見えます。その学び舎で、日々、多くの学生が学んでいます。
それを、誰いうともなく、「日本のカルチェ・ラタン」と名づけたわけです。
そんな神保町エリアは、まさに東京の中心部。神田や大手町のオフィス街にも近く、一ツ橋を越えれば、皇居のお堀に突き当たります。
このあたりには教育機関のほかに総合病院もいくつかあり、さまざまな業種の企業が入ったオフィスビルが林立しています。そのあいだに多くの飲食店や小売店が軒を連ね、連日、活気に満ちています。
昔ながらの暖簾を掲げた小さなお店があると思うと、現代的なオフィスビルやタワーマンションがあり、若者たちが談笑する公園やカフェがあると思うと、サラリーマンやOLたちが集う飲み屋さんもあります。
さまざまな世代が交差する神保町は、まさに活きた街。学生の街でもあると同時に、働く人たちの街でもあるのです。


「本の街」神保町

そしてもうひとつ、この街を魅力的にし、世界に知らしめている一面があります。
神保町は、「本の街」なのです。
三省堂や東京堂、書泉などの大型新刊書店や、古くからこの街で本を売ってきた古書店が立ち並ぶ神保町は、世界に類を見ない「本の街」として知られています。
“老舗”と呼べるあまたのお店に加え、近年では若い人たちの手による、今までにない個性と強みを持った書店も出てきて、ますます「本の街」を活気づけています。
また、書店とともに、小学館や集英社、岩波書店をはじめ多くの出版社がオフィスを構え、文化・情報を発信しています。
ここに来れば、たいていの本が揃うと言ってもいいでしょう。
古書店ひとつひとつも、それぞれに得意分野があります。
およそ180店あると言われる神保町の古書店は、まさにこの街を訪れる人のニーズに合わせた品揃えを誇っています。
古書店のオーナーは、その分野のスペシャリストと言っても過言ではありません。
神保町に本を探しに来る人は、目的を持って来る場合が多いでしょう。
ある作家の全集を探している、古い雑誌を探している、和本や古地図を探している、画集を探している、外国語の本を探している、他にはない特殊なジャンルの本を探している……。
なぜ多くの人がこの街にやって来るのでしょうか? それは、神保町には、その目的に応えてくれる本屋さんがあるのを知っているからです。もしくは、神保町なら、長年探している本があるのではないかと期待しているからです。
もちろん、そういったはっきりした目的や、お目当ての本がなくても大丈夫です。
本好きな人なら、ふらりと訪れてみるだけでも、きっとよい時間を過ごすことができるでしょう。
それが、「本の街」神保町のよさなのです。


神保町ってどこにある?

神保町とは、どのあたりのエリアを指すのでしょうか? かんたんに見ていきましょう。
神田神保町は、東京都の千代田区にある街です。
千代田区は、東京の中心といってよい場所でしょう。
皇居を中心に、神田・大手町・日比谷・有楽町・丸の内といったオフィス街や、霞が関・永田町といった官庁街を抱えています。まわりを中央区・文京区・港区・台東区・新宿区に囲まれています。
また、区内に数々の教育機関が存在することは、前にも触れたとおりです。
千代田区は一方で、東京駅をはじめとするJRの大型駅や東京メトロ、都営線などの鉄道が通り、首都高、靖国通り、白山通り、日比谷通り、国道一号線などが走る、都心部の交通の要衝です。
有名企業の本社や百貨店、小売店がいくつも存在するとともに、スポーツ選手やミュージシャンが目標とする日本武道館、そして東京国際フォーラム、国立劇場や日比谷公会堂といったイベントホールがあります。
いまや“オタクの聖地”ともいわれ、世界中から観光客が押し寄せる秋葉原の電気街も千代田区です。
区内には国会図書館や日比谷図書文化館といった文化施設があり、東京国立近代美術館ではいつも著名な芸術家の展覧会を見ることができます。
神田明神や靖国神社、日枝神社といった著名な神社はつねに多くの参拝客を集め、日比谷公園や北の丸公園は、訪れる人たちに安らぎの場所を提供しています。
皇居のお堀と神田川に挟まれたこの地域は、まさに東京の中心を担う一角となっています。
そんな東京のどまんなかにある千代田区の、やや北側に神田神保町はあり、まわりを九段北、九段南、一ツ橋、神田錦町、神田小川町、神田駿河台、猿楽町、西神田に囲まれています。
現代でもおおいなにぎわいを見せる神保町界隈ですが、それはいつごろから始まったことなのでしょうか?
神保町とその周辺の街の歴史は、古くからこの街に住まい、かかわってきた人々の営みとともに作られてきました。
次の章では、少しそのあたりのことを振り返ってみましょう。


神保町の歴史

現在、神田神保町は一丁目から三丁目まであります。この区割りは、昭和9(1934)年の土地区画整理事業の際にできたものです。その後、昭和22(1947)年に千代田区ができたとき、神田神保町という町名に改められました。
神保町の地名の由来は、もともとこの地に屋敷をかまえていた江戸幕府の旗本、神保家からきています。屋敷にいたる小路を神保小路と呼んだことから、この名がつきました。
明治5(1872)年に市区改正があり、現在の神保町一丁目近辺は猿楽町、二丁目あたりが一ツ橋二丁目も含めて南神保町・北神保町となりました。
神保町三丁目は昭和9(1934)年まで、今川小路と呼ばれていました。
この「今川」にも由来があります。幕府の儀式や典礼をつかさどる旗本は、京都の朝廷とのやりとりにもかかわることから位が高く、特別に“高家”といわれました。
その高家のひとつ、今川家の屋敷があった場所が、今川小路と呼ばれていたのです。
このように、神保町や神田錦町、神田駿河台などの一帯は皇居、すなわち江戸城のお膝元でもあり、江戸時代は武家屋敷の立ち並ぶ地域でした。
それが明治以降、東京開成学校や東京医学校(のちに二つが統合されて東京大学へ)、東京外国語学校(のちの東京外国語大学)、華族学校(のちの学習院)といった官立学校や、専修学校(のちの専修大学)、英吉利法律学校(のちの中央大学)、明治法律学校(のちの明治大学)などの私立学校、専門学校などが多数設立されたことから、このあたりは日本でも有数の文教地区として発展していきました。
学生たちでにぎわうようになれば、それに関連した商売も成り立ちます。学生たちのニーズを反映した書店や出版社、飲食店などが軒を連ねるようになり、「本の街」としての基盤ができあがりました。
戦後になると、学生たちにスポーツが普及し、音楽をたしなむ学生も増えました。するとスポーツ用品店や楽器店ができました。いまでも多くのスポーツショップや楽器店が神保町近辺にあるのは、その名残なのです。
また、書店やその他の小売店に、戦前から続く老舗が多いのも、神保町の特徴です。変わりゆく世の中の流れにうまく乗りながら、一方で変わらない安心感も保っている。その絶妙なバランス感覚が大きな魅力となり、長きにわたって人々を引き寄せてきたのかもしれません。


神保町へのアクセス その1

先の章でも触れたように、東京のどまんなかといってもさしつかえない位置にある神保町ですが、どのように行ったらよいのでしょうか?
都会のまんなかにあるだけに、さまざまなアクセス方法があります。ここではまず、いちばんわかりやすい方法をご紹介しましょう。
電車によるアクセスです。
神保町には、その名もずばり「神保町」という駅があります。
神保町駅には、二つの路線が乗り入れており、いずれも地下鉄です。
一つは東京メトロの半蔵門線、もう一つは都営地下鉄の新宿線。
東京メトロは、ひと昔前は「営団地下鉄」と呼ばれていました。この名称に懐かしさを覚える方もいらっしゃるかもしれませんね。
都営線は、東京都交通局が運営する地下鉄の一つです。新宿を起点として行動される人にはおなじみの電車のひとつでしょう。
都内を縦横に走る地下鉄は東京メトロと都営線の二つですが、そのどちらも神保町に乗り入れているわけです。
そのうちの一つが、半蔵門線です。
半蔵門線は、渋谷から水天宮前までを結ぶ地下鉄です。渋谷から西は東急田園都市線で二子玉川や神奈川県の中央林間まで、水天宮から東は東武線で、墨田区の押上や埼玉県の久喜や南栗橋まで、相互に直通運転を行っています。
もう一つは、都営新宿線です。
都営新宿線は、新宿から千葉県の本八幡までを結ぶ路線で、新宿ではJRの山手線や中央線、京王線、小田急線、都営大江戸線、東京メトロの丸ノ内線、本八幡ではJRの総武線に乗り換えることができます。
神保町駅には、A1からA9と名づけられた出口があります。
神保町に来られたら、A5かA6、A7の出口を利用されるのがよいでしょう。
この三つは、どれも神保町の交差点に面する出口だからです。
そのなかでも、私がよく利用するのは、A7の出口です。ここに出れば、神保町の交差点はすぐそこ。背後に書泉や三省堂があり、古書店や飲食店が軒を連ねるすずらん通りが控えているからです。
交差点を横に貫く靖国通りに出れば、すぐ「本の街」に歩き出すことができます。


神保町へのアクセス その2

さて、神保町へのアクセスについて、前章では半蔵門線と都営新宿線についてご紹介しました。
神保町には「神保町」という駅がありますので、この二つの路線で来られる方がもっとも多いと思われますが、ここでは、それ以外にどのようなアクセス方法があるかをご紹介します。
まずは電車です。神保町駅で降りるのがもっともロスのない方法ではありますが、電車で行く場合、神保町へ行き着くことのできる駅が他にもいくつかあります。
まずは丸ノ内線。神保町に近いのは淡路町です。
淡路町駅とつながっているのが、都営新宿線の小川町駅、そして千代田線の新御茶ノ水駅です。
JRで行くなら、まず中央線と総武線の御茶ノ水駅へどうぞ。御茶ノ水橋口を出て、駿河台の坂を下れば、駿河台下の交差点へ出ます。目の前に三省堂書店があり、神保町の古本屋街が広がっています。
少し歩いても大丈夫という人は、秋葉原から来ることもできます。万世橋へ出て、中央通りを須田町方面へ。靖国通りに突き当たったら、右に曲がって一直線です。
JRと都営三田線の水道橋駅で降り、白山通りを一ツ橋・皇居方面へ下るのもいいでしょう。まっすぐ行った先が神保町の交差点です。
都営新宿線で新宿方面から来た場合、神保町の一つ手前の九段下駅で降り、靖国通りを歩きながら、「本の街」が開けてくるのを見るのも楽しいかもしれません。
九段下には、東西線も通っています。美術に興味のある方は、隣の竹橋駅で降り、東京国立近代美術館をのぞいてから神保町へ足を延ばすのもいいですね。
バスもあります。池袋駅東口から出ている「都02乙」という路線は、春日方面を通って神保町から一ツ橋まで通じています。
読者の中には「マイカーで神保町に行きたい」という方もいらっしゃるかもしれません。私自身、車を持たないので詳しいことは申せませんが、コインパーキングは神保町周辺にもいくつかあるようです。
しかし、前にも記したように神保町周辺は都内の交通の要衝でもあり、つねに車の往来の激しい場所ですし、行かれたときに必ずしも駐車場に空きが見つかるとは限りませんので、できるかぎり公共交通機関を利用されることをおすすめします。


本と街の案内所

神保町に来たら、まず一度は立ち寄っていただきたい場所があります。
「本と街の案内所」です。
ご存じない方もいらっしゃると思います。私も神保町通いは長いのですが、少し前まで知らずにいました。
靖国通り沿いにある赤い看板が目印のスポットで、一見すると「和風な小物のお店?」と思ってしまいますが、じつはここ、神保町を訪れる人たちが何か調べたいときにうってつけの場所なのです。
昔は「十一軒長屋」と呼ばれた建物の一部に建っている「本と街の案内所」は、神田古書店連盟とNPO法人「連想出版」が運営する、神保町全体のナビゲーターともいえる存在です。中に入るとパソコンがあり、神保町を特集した雑誌が置かれ、自由に手に取ることができます。神保町で行われている各種の催し物の案内などもあります。
中にあるパソコンは、名づけて「じんぼうKiosk端末」。後で紹介する神保町のポータルサイトや各古書店のホームページが閲覧できるほか、それぞれのお店にある書籍約35万冊の在庫検索もできるというすぐれものなのです。
もちろん、神保町に存在するといわれる約1000万冊の本すべてが検索できるわけではありませんが、これでも本を探すお客さんはとても助かるでしょう。
また、もっと心強いことに、この「本と街の案内所」には、神保町に関する質問に答えてくれるスタッフの方々が常駐されているのです。
スタッフの方々は、連想出版、NPO法人「神田雑学大学」、神保町応援隊のボランティアの皆さんと、千代田区立図書館から出張してこられた「図書館コンシェルジュ」による混成チームです。この街を訪れる皆さんのさまざまなニーズに、親身に応えてくれるでしょう。
神保町に来たら、まずはここに立ち寄ってみて下さい。
街の最新情報をチェックするのもよし、おめあての本がどこにあるか、ざっと検索するのもよし、スタッフにおいしいお店を聞いてみるのもよし。
きっと、その日の神保町探訪に役立つヒントをもらえると思います。


ネットに見る神保町

「本と街の案内所」をご紹介したことと合わせて、神保町をめぐるさまざまな情報サイトについてもご紹介しておきましょう。
インターネットの普及によって、書物と私たちの関係にも、ずいぶんと変化が起きました。本を探したり買ったりするのに、アマゾンや楽天ブックスといったサイトを携帯やパソコンから検索することは、ごくあたりまえになりました。
本を読む方法自体も、変わってきました。従来の紙の書物に加えて、電子書籍を買う方も多いでしょう。
場所も取らず、手のひらに収まる一つの端末に何十冊、何百冊もダウンロードできたり、同じ本でも電子版のほうが少し安かったりすれば、そちらを選ぶのも道理です。
しかし、紙の本の重みだったり、手触りや匂いだったり、ページをめくる楽しさがまた何物にも代えがたいものであることは、本好きだったらよく知っていることだと思います。
その楽しさを知る人たちを惹きつける街、それが神保町なのだと思います。
さて、前章で読んだ「本と街の案内所」のことを、すでにインターネットで検索された方もいらっしゃるでしょう。
ここでは、神保町をめぐる代表的なサイトを三つ、紹介しましょう。
まずは「ナビブラ神保町」です。
http://www.navi-bura.com/special/annaijo.php
「ナビブラ神保町」は、神田神保町の公式サイトです。「本と街の案内所」のことだけではなく、神保町に関することなら、まずこちらを見て下さい。書店だけでなく飲食店やホテル、コンビニなどの情報から、「文芸部」「グルメ部」「読書部」といったコラムまで、神保町とその周辺エリアの情報満載の楽しいホームページです。
そして、神保町のポータルサイト「神保町へ行こう」。
http://go-jimbou.info/
こちらは、「本」「食」「神保町マップ」「神保町写真館」「私の神保町」「神保町の散歩道」というページに分かれており、本の街たる神保町にフォーカスした、落ち着いた雰囲気のサイトです。
そしてもう一つ、「BOOK TOWNじんぼう」。
http://jimbou.info/
こちらは、神保町にある書店と本について、データベースから検索できるサイトです。各書店のホームページや“連想検索”によって、目的の本が神保町のどこにあるのか、その近道を探すことができます。
どのサイトから入っても、神保町の奥深い魅力を感じることができるでしょう。


以上、ここまでで半分終了です。

本書でこのあとに書かれているのは

新刊書店と古書店
新刊書店の面白さ
古書店はこわくない?
どんな本でも、オンリー・ワン
路地から見える景色
本を抱えて、お茶でひと息
神保町はおいしい?
書店やグルメだけじゃない、神保町の楽しみかた
年に一度の祭典、神田古本まつり
変わりゆく神保町、変わらない神保町
神保町へ行ってみよう

となっております。

 


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