身の丈読書術。乱読・積読・寄り道・リタイヤ、すべてよし!あなたの読書を、もっと楽しくする本。半分無料公開中!

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身の丈読書術。乱読・積読・寄り道・リタイヤ、すべてよし!あなたの読書を、もっと楽しくする本。


まえがき

本を読むことは、誰もがすることでしょう。
小さいころから読み書きの訓練を重ね、学校の授業で、あるいは仕事の必要から、人は本を読みます。
義務的に読むことはあっても、その気のない人にとって、本を好きになるのはなかなかできないことなのかもしれません。
でも、自分の興味あることが書いてある本を見つけたら、どうでしょう。
生きているかぎり、誰にでも趣味や嗜好があり、学びたい、知りたいと思っていることがいくつもあるはずです。
そして、それにかなう本が目の前にあらわれたら、手に取って読んでみたくなるはずです。
その一冊を読んでよかったと思う。そうするうちに、次の一冊が見つかる。それも続けて読んでみたくなる――。
本に対する親しみは、そこから始まるのです。
本書では、本に親しむことの面白さを、やさしく紹介しました。
難しいことは、何もありません。
読書は、身の丈でいい。
読書は、本来、自由なものである。
私が申し上げたいのは、それだけです。
本がお好きな人にはさらにそれを深めていただき、日々の忙しさからなかなか本に親しむ機会のない人には、ぜひ、自分に合ったやりかたで本とつきあい、その楽しさを見つけていただきたいと思います。


目次

一冊の本は、ひとつの世界
目的のある探索、目的のない探索
書店のはしご
街の書店と大型書店
ネット書店とリアル書店
図書館というワンダーランド
本は何のために読む?
点と点をつなぐ~興味のおもむくままに~
読書は身の丈でいい
著者とのキャッチボール~書かれた内容にリアクションしよう~
読んでつぶやいてみよう~自分なりのリアクション~
文字の本ばかりじゃない~マンガ・画集・写真集~
ときには詩の世界に遊ぶ
辞書は知識の宝箱
古本はタイムマシン
電子書籍の可能性
乱読・積読・寄り道・リタイヤ、すべてよし!
いい本のリピーターになろう
とっておきの一冊を持っておこう
本との縁づくり


一冊の本は、ひとつの世界

書店に足を踏み入れると、膨大な数の本が立ち並んでいます。
その情報量たるや、たいへんなものです。
誰でも書店に入ると、その情報量に圧倒されることでしょう。
棚に収められ、台に積まれた単行本や文庫本、雑誌には、それぞれ著者や編集者、印刷会社や取次会社などの人たちの手によって企画され、この世に生み出されてきたものです。
それぞれに目的、用途がきちんと決まっており、プロの技術を持って作り出され、流通ルートに乗って、いま私たちの目の前に届けられたものなのです。
一冊の本が企画され、作られ、読者の手に渡るまでの長く険しい道のりをあらためて考えると、膨大な手間がかかっていることがわかります。
本を作ることは、人間ならではの営為のひとつでしょう。
小さな本や大きな本、薄い本や厚い本……、どの一冊にも、作り手がいるのです。
その作り手たちの努力の集積が、書店という空間だともいえます。
書店の棚は、誰にとってもありふれたものかもしれません。
しかし、こう考えることもできます。
そのありふれた空間に並んでいる本一冊一冊には、確実に私たちの知らない世界のことが書かれています。
一冊の本を手に取り、それを読むことによって、私たちは新しい知識を必ずひとつは得ることができます。
それまで知らなかった世界を、知ることができるのです。
本がお好きな人はもちろん、ふだんあまり本を読まないという人でも大丈夫です。
本を開いたとたんに「うわあ、字が小っちゃい!」などとしかめ面をする人がいます。
あるいは、何冊もの本を読む必要があり、どうすればよいのかと悩む人もいるかもしれません。
でも、「なるほど!」とか、「すてき!」などと思える部分が少しでもあるなら、読んでよかったと思うでしょう。
読書は山登りとは違います。
必ず一合目から山頂まで上りきらなければならない、つまり最初の1ページから最後の1ページまで読みきらなければならないものではないと、私は思っています。
本は自分にとって必要なところだけ読めばよく、基本的にはどのページから読んでもよく、自分なりの読みかたをすればいいのだと思っています。
一冊の本は、ひとつの世界です。
さあ、手に取って、自分の知らない新しい世界に触れてみましょう。


目的のある探索、目的のない探索

書店に来る人には、大きく分けて二つのタイプがあると思います。
それは、目的のある人と、目的のない人です。
目的のある人は、またさらにいくつかに分かれます。
目的のある人とは、第一に、欲しい本がはっきりしていたり、読みたいジャンルの本がわかっている人です。
最近はインターネットの普及で、パソコンや携帯電話を使って情報を検索し、容易に情報が集められるようになりました。
あらかじめ自分の用途にかなう本を調べておいてから、書店に向かうという人も多いでしょう。また、店員さんにたずねてみるのもいいですし、大きな書店は独自の検索システムを持っていることも多く、お客さんが自由に検索できるパソコンを店内に備えていることもあるので、そこで探すのもひとつの方法ですね。
この一冊というものがなくても、「だいたいこのジャンル」と決めてから来る人もいらっしゃるはずです。
もちろん、検索できるのは本の情報だけとは限りませんね。書店や出版社の情報も、インターネットには多く出ています。
各書店や出版社ともホームページを持つことは、いまやあたりまえとなりました。
近年はホームページに加えて、ブログやフェイスブック、ツイッターやLINEなどを使った、売る側からの情報発信も盛んです。
本を探したい人には、便利な時代になりました。
さらに、本を探さずとも、人との待ち合わせに書店を利用する人もあるでしょう。どの街にも、そこのランドマークになっている書店はあるものです。これも、書店に足を運ぶ目的のひとつと言えるでしょう。
さて、書店に来る人のもうひとつのタイプは、目的のない人です。
歩いていて少し時間ができたから書店に入った、あるいは、急に雨に降られたから、雨宿りをする代わりに書店に入った、あるいは、ただ何となく足が向いて……という人もいるかもしれません。
そのように、これといってお目当ての本があるわけでなくふらりと入ってきた人でも、受け入れてくれるのが書店です。
私の経験から言っても、そんなときほど書店のなかの探索は面白くなることが多いです。ふと手に取った本が意外と面白くて、最初はそんなつもりもなかったのに結局買って帰った、という経験のある人もいるでしょう。
目的のある人もない人も、足を踏み入れて探索すれば、きっと何かしら、実りのある時間を過ごすことができると思います。
そんな空間が書店なのです。


書店のはしご

それぞれの書店が特色を打ち出し、積極的に情報発信する時代になったからこそ、いっそう楽しめることがあります。
書店のはしごです。
飲み屋さんをはしごする、というのはよく聞きますが、書店をはしごする、というのも楽しいものです。
飲食店に限らず、小売店にはそれぞれ個性があり、取り扱う品物が違うのは、周知のところです。
書店にも、同じことでいえます。
その個性や得意分野を知ることで、多角的な本探しができると思います。
先ほど書いたように、近年の書店はホームページやSNSで情報発信していますから、それを頼りに行ってみたいお店にあたりをつけるのもいいでしょう。
新刊情報だけでなく、作家さんのサイン会や、テーマに沿った本を集めたフェアや、さまざまなイベントを企画する書店も増えてきています。
また、アマゾンや楽天ブックスや、古書を取り扱う「日本の古本屋」「スーパー源氏」といったサイトで検索ができるようになったことで、新刊だけでなく絶版・品切れになった本も、簡単に探せるようになってきました。
そこで得た情報をもとに、そういった本を在庫に持っている書店、あるいは置いていそうな書店をピンポイントで絞り込むこともできる時代です。
私など、ひとむかし前は、絶版書を探すとなると、いちいち図書館に出向いていました。電話帳よりも重い「出版目録」などをめくりながら、一冊一冊を調べ、さらに別の図書館や古書店に探しに行ったりしたものです。
まさに本を足で探す時代で、たいへんな作業でしたが、それなりの楽しさもありました。
この10年ほどのネットの進歩で、本探しにも隔世の感があります。
むかしと比べて格段に環境が変わり、情報収集が便利に、手軽になりました。
でも、書店の棚のようすは、実際に足を運び、自分の目で見てみなければわかりません。
同じジャンルでも、A書店はこんな品揃えだったが、B書店はまた違った並べかたをしていた。C書店に行ったら、AにもBにもない本があった――。
そんな経験をしたとしましょう。
それは、その人の視点と行動がもたらした、その人だけの発見であり、実際に三つの書店に足を運び、はしごしたからこそ、初めて得られた情報です。
ネット検索だけでは決してたどりつけない、世界にたったひとつの生きた情報なのです。
お休みで時間が取れそうな日は、ぜひ、そうした書店のはしごをしてみて下さい。
自分だけの発見が、きっとあると思います。


街の書店と大型書店

皆さんは、地元の、身近にある書店と、ターミナル駅などにある書店のどちらを利用することが多いでしょうか?
家の近くにあるなじみの書店によく行く人もいるでしょう。
また、通勤や通学の帰りに、最寄りの駅ビルにある大型書店に行く人もいるでしょう。
地方にお住まいの場合、大きな道路沿いに、CDやDVDなども一緒に扱うようなチェーンの書店があるという人というもいるでしょう。
書店という存在が生活のなかにどれだけ溶け込んでいるかは、その人が暮らす場所や、生活のサイクルによって違ってきます。
お休みが週末なのか、平日なのか?  会社勤めをされている方なのか、学生さんなのか、自営業や主婦の方なのか? そういう属性によっても違ってきますね。
環境の違いもあります。その人にとって、書店が歩いていける範囲にあるのか、最寄りの駅にあるのか、車やバスでないと行けないところなのか? それも大きな要素です。
街にある、昔ながらの個人経営の書店は、何ともいいものです。決まったお店に小さいころから通っているという方もいらっしゃるでしょう。
いまのご時勢、廃業してしまう書店も多いので、もし身近にそういうお店があったら、大切にしたいものです。
私も子どものころ暮らした街を久しぶりに歩いたとき、すっかり様変わりしているのを寂しく思ったことがあります。そこには二つ、よく行った書店があり、それなりに歴史もあったのですが、数年前行ったときには両方ともなくなっていました。
地元の書店は、どこかその街の情報発信基地のようなところがあり、ひとむかし前まで、店頭にある本や雑誌を見れば、世間の流行や、おおげさに言えば先人の知の集積に触れることができました。お店のご主人の個性に触れるのも楽しかったのです。
でも、いまのようにネット時代となり、手元でいろいろな情報を恣意的に検索できる世の中になると、街の書店も立ち位置も変わっていかざるを得ないのかもしれません。
大型書店は、場所柄、不特定多数のお客さんを相手にしなければなりません。そのため、ある意味、平均値にのっとったニュートラルな品揃えのところが多いです。逆にいえば、広く浅いジャンルの本を網羅しているわけで、その棚を見れば思わぬ発見をすることもよくあります。
ご自分の置かれた環境と生活サイクル、そのときほしい情報いかんによって、もし可能でしたら、街の書店と大型書店の両方を使い分けるのがいいと思います。


ネット書店とリアル書店

インターネットの普及は、私たちと書店のかかわりにおいて、もうひとつ、大きな変化をもたらしました。
それは、ネットでの書店の利用という新しい形でした。
出版社や書店がホームページやSNSで情報を発信していることは、前にも書きました。
それと同時に、独自に、あるいは提携して、書籍のオンラインショッピングサービスを始めるお店も出てきました。
すなわち、ネット書店の誕生です。
本だけに限りませんが、こうしたサービスの普及によって、家にいながらにして、さまざまな商品を検索して、手に入れることができるようになったのは、皆さんもご存じのとおりです。
さらにこうしたサイトの数々は、たいてい携帯電話やスマートフォンにも対応していますから、家に限らず、外からでも好きなときにサイトにアクセスして買い物をすることができるようになったわけです。
ネット書店の利点は、机の上や手のひらのなかで、数えきれないほどの本の情報を次から次に見ていけることにあります。
新刊書店に限らず古書店も、自前のホームページから本を売ったり、Amazonや「日本の古本屋」「スーパー源氏」といったサイトの軒先を借りる形で、より多くのお客さんからのアクセスを受け付けるところが多くありますので、絶版・品切れの書目も、容易に探せるようになりました。
とにかく、インターネットにアクセスできる環境さえ整っていれば、書店に足を運ばなくても本を探せるようになったのです。とても喜ばしいことだと思います。
それに対して、実店舗の本屋さん、リアル書店の利点とは何でしょうか。
何といっても、本の実物を手に取って見られるということです。
本一冊一冊の概要は、ネット書店でも調べることができます。中には数ページ試し読みができるサイトもあります。
それでも欲しい本を探すことはできるのですが、実際に手に取って見るのが、いちばんだと思います。
もちろん、店頭にある本は商品ですから、ていねいに扱わないといけないのはいうまでもありません。
そこに気をつけなければいけないことを差し引いても、表紙や帯、最初の1ページから最後の奥付まで、本の重みや大きさを感じながら自分の五感で確認すると、本の内容以上に得られることは多いものです。ネットで見て買おうと思っていた本のすぐ近くに、存在さえ知らなかった面白い本が並んでいるかもしれません。
それは、リアル書店でしか味わえない楽しみなのです。


図書館というワンダーランド

書店と比べて、図書館を日ごろから利用するという方は、どのくらいおられるでしょうか。
数年前のデータですが、文部科学省の「社会教育調査」によれば、全国には公立だけで3200館以上の図書館があるといいます。私立の図書館を入れれば、その数はさらに多くなるでしょう。
よく図書館に行く人、ときどき行く人、めったに行かないという人、さまざまでしょう。「行ったことがない」という人も、少なからずおられるかもしれません。
そんな方々には、ぜひ図書館に行ってみていただきたいと思います。
まず公立の図書館は、市民のニーズにこたえるのが義務ですから、それこそお子さんから高齢者まで、幅広い利用者の希望に対応できるような本を揃えています。
新刊書を購入する図書館も多いですから、ベストセラーになった本などは、気軽に借りて読むことができます。
利用資格があるのは基本的にその自治体の住民ですが、図書館によっては住民でなくても、その町に通勤・通学をしていれば利用できるところもあります。
公立の図書館であれば、利用は無料。その気になれば、一日を過ごすこともできます。大きな図書館になると、中にレストランがあったりします。
図書館の本が書店の本と違うのは、公共物だということです。館内で読む場合も、借りる場合も、大切に扱わねばなりません。
開架式、閉架式という区別があります。棚のスペースには限りがあり、中には貴重な本もありますから、本によっては書庫にしまわれている場合があります。おめあての本がある場合は、カウンターで聞いてもいいですし、検索用のパソコンもだいたい置いてありますから、開架になっているか書庫にあるかを調べるといいでしょう。
新聞のバックナンバーや、作家の全集などに触れることができるのも、図書館の大きな楽しみです。私も学生時代、好きな作家の全集を拾い読みしに、よく地元の図書館に通いました。仕事で過去の新聞記事を調べる必要が出てきたときにも、図書館には助けられました。
イベントもいろいろあります。お子さん向けの読み聞かせ会をやっていたり、映画の上映会をやっているところもあります。
大学の図書館も、利用価値が高いと思います。卒業生に門戸を開いているところも多いです。
図書館とは、本を大切にし、最低限のマナーさえ守れば、誰でも受け入れてくれる場所であり、あらゆる書物を取りそろえた知のワンダーランドなのです。


本は何のために読む?

人は、本を何のために読むのでしょうか。
読書術をお話しするといいながら、そもそもの話に戻ってしまうようですが、ここでいったん考えてみたいと思います。
人によって、理由や目的は違うのかもしれません。
知りたいことがあるから。
覚えるべきことがあるから。
問題の所在を明らかにしたいから、または、その解決法を求めて。
楽しいから。
ひまつぶしのために。
本そのものが好きだから。
主体的・能動的な理由はこのようなところでしょうか。
あるいはまた、受動的な理由もあるかもしれません。
人からすすめられたから。
人からもらったから。
上司や先生から読めと言われたから。
世間でベストセラーになっているから。
本を読む理由や目的は、読者の数だけあるのかもしれません。
つまり、逆に考えれば、「本はこういう目的のために、こう読まねばならない」というルールのようなものは、成立しえないということにもなります。
それを前提にして、読書術とは何かを考えたとき、私はこう思っています。
読書術とは、本を読む技術だけをいうのではない。活字やネットも含めて、日々の生活のなかで誰もが触れあう、「表現された言葉とのつきあいかた」である――と。
本を読まない人という人がいます。それでもおそらく、生きていくのに支障はないでしょう。
でも、言葉とつきあわないで生きていける人は、この世の中にいないと思います。
毎日の生活のなかで、仕事でも学校でもプライベートでも、すべての人が、無数の、表現された言葉に囲まれて暮らしています。目から入ってくる言葉、耳から入ってくる言葉、自分の頭のなかに芽生えた言葉、すべてが表現された言葉です。
人とのコミュニケーションに用いるのは言葉ですし、自分と向き合うときでも、人はつねに言葉で思考し、言葉で表現しています。世界のどこへ行っても、言葉と無縁に生きていける人はいません。
言葉で考え、表現すること。表現された言葉を理解し、味わうこと。それによって人間は成長し、前へ進んでいけるといってもいいでしょう。
そのために役立つ道具が本なのだと思いますし、日ごろからよく本を読む人はもちろん、本なんか読まないという人でも、知らず知らずのうち、自分なりに確立している言葉の読みとりかたが、必ずあると思います。それに気づけば、きっと読むことが楽しくなります。
ここで紹介するのは、その一例としての、私なりの言葉の読みとりかたなのです。


点と点をつなぐ~興味のおもむくままに~

読書術とは「表現された言葉」とのつきあいかたである――。
そんなことを書くと、かまえてしまう方もいらっしゃるかもしれません。
でも、前の章で書いたように、本を読む理由が人さまざまである以上、こう読まねばならないというルールも成り立たないのですから、心配されることはありません。
ご自分なりの読みかたでかまわないのです。
さらに、読書術とは本に向き合うことのみならず、日々の生活で出会う言葉たちと向き合うことなのだと思えば、何ということはありません。
それはすでに、皆さんが実践していらっしゃることなのですから。
とはいえ、他人の本の読みかたを知ることは、ご自分のやりかたを振り返るうえでの参考になると思います。他のやりかたを知ったうえで、「これは自分には向かない」と思えば、取り入れなければすむ話なのですから。
私がまずおすすめしたいのは、「点と点をつなぐ」読みかたです。
音楽のお好きな方は、経験があるでしょう。あるミュージシャンの音楽が好きになり、その人のインタビュー記事などを読むと、「○○に憧れて、音楽の道に進もうと思った」と書かれていて、自分もその○○さんの曲を聴いてみたらとてもよかった、というようなことが。
さらにその人が共演したミュージシャンの曲も聴き、ついには彼が影響を受けたという他のジャンルの音楽まで聴いてみた……ということは、往々にしてあります。
本にも、それと同じことがいえるのです。
ある本を読んで面白かったら、同じ著者の別の本を読んでみる。巻末に参考文献が挙げられていたら、そのなかで興味をひかれた本を読んでみる。
あるいは書店や図書館に行き、その本と同じ棚にある本でよさそうなものをひもといてみる。
著者のインタビューなどを参考にしてもいいですし、ふと目にしたテレビ番組や新聞、雑誌の記事に出てきた本でもよいのです。
つまり、一冊一冊の本を“点”ととらえ、ある点から始めて次の点へ移り、どんどん興味のおもむくままに点と点をつないでいく。
そうしていくと、自分だけの「本の地図」=読書マップができてきます。まさに自分の興味や関心の歩みが、地図のように広がっていくのです。しかもそれは無限です。
よく、「本棚を見ればその人がわかる」といいます。誰に強いられたわけでもなく、自分が自分のためだけに作り上げた地図は、世界に一つだけのものです。
本でできあがった地図は、その人の個性そのものなのです。


読書は身の丈でいい

前章で、「点と点」をつなぐ読書のお話をしました。
ここでは、それをさらに深めたお話をしたいと思います。
読書術にルールはなく、一冊読んだところでさらに興味をひかれる本が出てきたら、次に読んでみる。さらに類書を読んでいく、というやりかたです。
何しろ興味のおもむくままでかまわないのですから、スタートは一冊の本を読んでからでなくてもかまいません。
テレビで見た本、ネットで知った本、人から聞いた本、書店の店頭で目についた本……、きっかけは何でもかまわないのです。
ここから始めろという決まりもありません。いつからでもけっこうです。ライフスタイルや趣味嗜好も人によって違いますし、凝り性の人もいれば飽きっぽい人もいます。
「このジャンルを極めたい!」という人もいれば、興味の対象があちらこちらと揺れ動く人もいます。
誰かのためにするのではありません。好きで読むのですから、自分の裁量で、いつ始めてもいつやめてもいい。いったん描き始めた「地図」を放り出したところで、とがめる人もいません。また新しい「地図」づくりを始めればよいのです。
それぞれの好きなように、それぞれのペースで、何でもありの「地図」づくりをしていただけばいいのです。
こうしなければならない、というしばりがないのですから、自由自在です。
もちろん、目標を立てて読んでいくほうがやりやすいという人は、そうしてください。
つまり、それぞれが自由に、自分の身の丈にあった読書をすればよい、というわけです。
この本の次にはあの本と決めていってもいいですし、今週は歴史書、来週はスポーツのノンフィクション、その次はビジネス書に挑戦……となってもかまいません。
好きでやっていることで、ルールはないのですから。
もちろん、仕事のため、勉強のために読まなければならない本があるという人は、身につけた知識から、次の一歩につながる本を見つければいいでしょう。
読み込み、消化しなければならない本を抱え込む時期は、受験や研究に臨むような方でない限り、人生においてそうそうないと思います。むしろ、大多数の人にとっては、そうでない時間のほうが圧倒的に長いはずです。
そのときに、自由に本を読む楽しみを知っていれば、より生活も豊かになると思います。


著者とのキャッチボール~書かれた内容にリアクションしよう~

さて、では、好きな本、読んでみたい本が見つかったとして、どう読んでいけばいいでしょうか?
これにもまたルールはありません。
世に「読書術」といわれる本は多数あります。
私もそういった「~術」の類のノウハウ本が好きですし、とりわけ読書に関することとなると、人がどう読んでいるのか知りたいのでよく読むのですが、ほんとうに多くの本が出ています。
ある本には、「重要だと思う箇所に、色違いのマーカーで線を引きながら読むといい」と書かれており、ある本には「複数の本を同時に読み進めるのがいい」と書かれている。
またある本には、「学術書など、骨のある本を読むときには、いきなり『本物』に当たっても歯が立たないから、まず入門書を数冊読んでから挑戦すること」と書かれていて、別の本には「本というものは玉石混交で、自分にとって役に立たない本を読んでも時間の無駄だから、少し読んでダメだと思えば、さっさと捨てて別の本を読むこと」と書かれていたります。
そのどれも、著者たちが長年の読書経験に即して編み出したテクニックなのだと思いますし、どれもが有益かつ正解なのだろうと思います。
そういった本はいままでも多く書かれてきましたし、これからも、いろいろな人によって新しく書かれていくことでしょう。
それもそのはずです。前にも書いたように、読書の目的や、「表現された言葉」への向き合いかたは人それぞれなのですから。
この本も、そうしたもののひとつです。
そういった本をいままで読んできたことと、私なりの経験にも照らし合わせ、皆さんに申し上げられることがあります。
それは、本を読むことは、著者とのキャッチボールだということです。
著者が言葉というボールを、本のページを通して、読者に向かって投げてきているのです。
どんな本を読むにしても、そこに書かれた内容を自分に生かせるかどうかと考えたとき、このことに気づくか気づかないかは大きいと思います。
著者がせっかく投げてくれたボールを受け止めて投げ返したほうが、自分の肩も鍛えられると思いますし、いっそのこと、打てそうなボールであれば、思いきりバットを振って打ち返せばいい。
つまり、著者が書いた内容を読むだけでスルーするのではなく、できればそれに対して何らかのリアクションをしたほうが、より本を自分に引きつけて読むことができると思うのです。


以上、ここまでで半分終了です。

本書でこのあとに書かれているのは

読んでつぶやいてみよう~自分なりのリアクション~
文字の本ばかりじゃない~マンガ・画集・写真集~
ときには詩の世界に遊ぶ
辞書は知識の宝箱
古本はタイムマシン
電子書籍の可能性
乱読・積読・寄り道・リタイヤ、すべてよし!
いい本のリピーターになろう
とっておきの一冊を持っておこう
本との縁づくり

となっております。

 


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